ヘラヘラしていた私が、子どもたちに伝えたいこと

Asami Martin
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私がよくヘラヘラしているのは、たぶん魔除けみたいなものだった。

自分がこれ以上傷つかないように、心の中身を見せないように、弱い自分を誰にもバラさないように。

女の子らしい、傷つきやすくて、泣きたくなるような自分を見せないために、私はずっと"お笑いキャラ"でいることを選んできた。

「ブス」と言われることが多かった。
何度も言われるうちに、私は自分からその場所に行くようになった。

"ブスキャラだけど面白い人"。

その立ち位置にいた方が、ずっと楽だった。
誰かに傷つけられる前に、自分で自分を笑いに変えてしまえばいい。
「ブスだから仕方ない」と先に自分で納得しておけば、相手の言葉に傷つかないふりができる。

ヘラヘラしていれば、気にしていないように見せられた。
ヘラヘラしていれば、見た目で人を馬鹿にする人も見分けられた。
そして私は、心の中で何度も自分に言い聞かせていた。

「お前らなんかに、私の良さは分からない。」

そうやって、傷つかない方法を少しずつ覚えていった。

でも今思えば、それは私を守る鎧であると同時に、私を縛る呪いでもあったのだと思う。
何気なく投げられた言葉、笑いながら受け流したつもりの言葉、平気なふりをした記憶。
そういうものは、思っていた以上に深く残っていた。

ボディーブローのように、あとから効いてくる。
治ったと思っても、ふとした瞬間にまた痛む。

そんな私に、夫は何年もかけて言い続けてくれた。

「君はブスでもバカでもない。こんなに見た目も中身も綺麗な人を見たことがない。君は特別な人間だ。」

その言葉を、最初から素直に信じられたわけではない。
むしろ、信じるまでに10年くらいかかったと思う。

10年かけて、やっと「もしかしたら、そうなのかもしれない」と思えるようになった。
それでも15年経った今でも、たまに忘れてしまう。
それくらい、昔かけられた呪いは強かった。

だから私は、見た目で人を判断する人が本当に無理だ。
どうしても受け付けない。

そして最近、気づいた。
もしかしたらそれが、私がNPOを始めた芯の部分なのかもしれない。

見た目で判断されたり、存在を認めてもらえなかったり、才能があるのに誰にも見つけてもらえていない子を見ると、私の中で何かがものすごい勢いで動き出す。

「そんなことない。」
「この子はすごい。」
「この子には才能がある。」
「ちゃんと見れば、こんなに魅力にあふれている。」

そう証明したくなる。

大げさなことをしているつもりはない。
本当に一人ずつ、少しずつ、その子の魅力を引き出していく作業をしている感覚に近い。

もちろん、それは子どもたちだけではない。
私自身が「存在を認めてもらいたい」と思って生きてきたからこそ、親たちだって同じように認めてもらいたいはずだと思っている。

だから私は、保護者の方たちにも敬意を持ちたい。
来てくれること、支えてくれること、子どもたちを信じて連れてきてくれること。
その一つひとつに感謝していると、ちゃんと伝えたい。

子どもたちには、いつも伝えている。

認めてくれない人の声ばかりを聞かなくていい。
あなたを否定する人の言葉を、真実だと思わなくていい。
できる限り、毒のある環境から離れていい。
そして、自分を見てくれる人、自分を認めてくれる人、自分の光を信じてくれる人がいる場所に、意識して身を置いてほしい。

今回のイベントでも、キラキラした笑顔で楽しんでいる子どもたちを見て、何度も泣きそうになった。
泣くのをこらえるのに必死だった。

なぜなら、私は知っているから。
あの子たちが、どんな思いをしてここまで来たのか。
どれだけ傷ついて、どれだけ我慢して、それでも笑っているのか。

だからこそ、私はその笑顔を守りたい。
その子たちが「ここにいていいんだ」と思える場所を作りたい。
見た目でも、性格でも、国籍でも、家庭環境でも、好きなものでも判断されず、ただその子自身として認められる場所を作りたい。

私がヘラヘラして生き延びてきた理由。
その奥にあった痛み。
そして、その痛みが今、誰かの居場所を作る力になっているのなら。

あの頃の私にも、少しだけ言ってあげたい。

あなたは、間違っていなかった。
あなたが必死で守ってきたものは、ちゃんと今、誰かを守る力になっているよ。

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